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 岐阜県“人間と性”教育研究協議会 (岐阜性教協)
たまゆら2019年3月号巻頭言

性の話、子どもの時に教えて!

 先日、某小学校6年生に性教育「自分らしく・多様な性」をした。授業後、担当職員や保護者と交流を持った。当校では、1学期に「成長する心と体」の授業後半に、性交について絵本も活用して科学的に伝えた。その授業のことで職員の一人が「文科省から<妊娠への過程は取り上げない>と記してあるから性交を取り上げるのはいけないのではないか」と言われた。すると、親の一人が、「先日、ある中学生と話していたら、『中学生でセックスしていいよね』と言うから『えー、赤ちゃんができちゃうよ』と言ったら、『何言ってんの、結婚しないとできないんだよ』と言うからびっくりした」と言われた。「性交を科学的にしっかり教えないと大変だ」とも。他の親も「中学校で教えてもらえばいいけど、<妊娠への過程は取り上げない>と言って取り上げなければ、ずっと知らないままだ」、「それこそネット動画に頼るよね」、「誰も教えられないからと、AVが教科書になっては悲惨だ」と。「今日も性はいろいろあるって勉強したから、うちの子、知り合いの女性っぽい男の子に変な目で見ないと思うな、よかった」、「やはり、いろいろ学習してほしいよね」等と性教育必要論議は盛り上がった。私も、例年通り性交の学習を続けさせてほしいと申し出た。
 「多様な性」のテーマの授業をする時には、前半に必ず明治時代の家父長制から発した習慣なだけで、「男らしさ女らしさは決まってないこと」や「性別役割分業も決まってないこと」「自分の生き方を大切に」等と伝えている。「男女共、皆それぞれで、平等で、生活家事力も経済力も決定判断力等も身につけて自立に向かおう」とも話す。
 20年程こうした話をしてきたが、少しずつ子どもたちのジェンダー意識は変わってきたと感じる。しかし、「決まっていない」と子どもたちに言いながらも、心の中で「大人は未だに決まっている、いつになったら男女共に解放されるんだ」と、授業をしながら内心複雑だった。子どもの送り迎えのため非正規雇用の職に就くのは女性、仕事で活躍していても産休後復職できない女性、伊藤詩織さんのように、理不尽な状態で乱暴されても加害者が逮捕されず、なおざりにされた女性等々がいる。まだまだ男女平等とはいえない社会だ。その分、男性も「らしさ」を強要され、生きにくい人がいる。
 しかし、最近少し変わってきたと感じる。LGBTに関するメディアの啓発活動が増えてきた。“レインボーぎふ”の参加者も「いい時代になった」と。2017年の秋の#MeToo運動、優生保護法を悪用し本人の知らないうちに不妊の体にしたことに対する訴え、パワハラでダメージを受けたスポーツ選手や会社員の訴え、何度も性教育について取り上げるNHKEテレ、今までまともに取り上げられなかったテーマや弱者からの声が出されて、認識されることが増えてきた。
 昨年、2003年に七生養護学校の性教育に不当介入し裁判で負けた都議会議員が、またもや都内の中学校の性教育(性交・避妊・人工中絶)授業を批判した。当初都教委は、今回もまた「学校側に課題がある」と弱腰であった。その後、6月の都議会で都知事も教育長も、「学校における性教育は、子どもたちの人格の完成を目指す教育の一環」「人間尊重の精神に基づいて行うとともに、子どもたちが性に関する正しい知識を身につけて、適切な行動を選択できるよう指導していくことが大切」と答弁した。(セクシュアリティNO,89 P,5)
 また、メディアは前回と違い、授業者側に加勢。性教協本部や関係者は抗議の記者会見を何度ももった。今回批判された教員は「授業の前に、避妊や人工妊娠中絶についてクイズ形式でアンケートすると、ほとんど不正解。一方で3割強が『中学生でも同意すれば性交してよい』、4割強が『高校生ならよい』と答える。性への関心は高いのに自分を守る情報がない。高校生になってから教えるのでは遅い。授業後、性交してよいと考える生徒の割合は減る。感想文には『正しい知識を学べてよかった』などと書く生徒が多い」と語っている。(2/18東京新聞より)
 某議員は、退却。時代は動いている。
 もう一つ、同窓会でのことだ。ある男性が「男が男を好きになるのはねえ・・」と言うものだから、「あのうみんな、少し聞いて」と、ついLGBTについてミニレクチャーをしてしまった。その後、また彼が、「でもなあ・・」と言うので、近くの同級生が「だからいろいろな人がいるんだよ」「多様なんだよ」と言ってくれた。すると、彼が頭を抱えて「えー、もう、こんな年になってからでなくて、子どもの時に教えてほしかったよー」と半ば叫んだ。
 彼の言う通り、子どもたちが(大人も)、自他共に大事にし合える豊かな人間関係を生きられるように、性を学ぶ機会を保障していかないといけないと、強く思った。